東雲柚瑠(しののめゆずる)日記

数分で読める、軽いコラム。

「普通」とは何か、ある結論に至った。

私たちが、普段何気なく使っている「普通」という言葉。これは一体何なのだろうという話を友人とした。きっかけはその友人が、別の友人の考え方がわからない、という会話だった。個人の価値観はどのようにして形成されていくのか?一般論という概念はどこからくるのか?考え方の違いはどこから生じるのか?というような、哲学的な話をしていた。やがて派生して「普通とは何か」という議題に至った。結果、我々は一つの仮説にたどり着いた。「『TVをつけたときに観るもの』がある程度普通に近しいのではないか」と。もちろん一概には言えない。しかし、多くの人に観られる以上、メディアは「一般的」でなければならない。統計を取ったら、半分以上の人が納得するであろうものでないと、きっと放送はできない。だからこの説に行き着いた。

メディアは古今東西、皆が共通して観るものだ。そして互いに同じ認識が集まって出来たものが「普通」という考え方である。つまり「普通」というのは「共通認識の集合体」。これが最終的な結論だ。

 

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